5.3 ヒトを特別なチンパンジーたらしめるもの
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研究
2003年に、Cognition誌に発表した論文では、アイコンタクトは自閉症児の気づきの能力を向上させられないことが発表されている
また、視線に関する認知研究、例えば注視による空間的注意の捕捉についての研究も行っている
その他にも、共同研究者とともに乳幼児の認知能力についての研究を行い、特に乳幼児の、複数の感覚モダリティからの数字情報に対する認知に着目している 例えば、2004年の研究では、期待背反法を用いて、5ヶ月の乳児が複数の感覚モダリティ(視覚と聴覚)をまたいだ足し算ができることを証明した さらに、2005年の研究では、5~6ヶ月の乳児は、異なる感覚モダリティ(視覚や聴覚)からの数字情報を区別し、見ている物の数と音声を結びつけることが明らかになった
この他には、1989~2005年に、他の研究者と共同で計6冊の学術書をかきあげているが、それらにはヒト以外の霊長類に見られる子殺し現象、新規参入者と群れのメスチンパンジーの性行動などが含まれる 研究上の興味は大きく4つの領域にわけることができる
近年は主として文献のレビューに拠っているが、チンパンジーのERP(Event Related Potential: 事象関連電位)研究にも取り組んでいる 進化心理学に関して強調しておきたいことの一つは、ヒトと他の種との比較研究の重要性
とりわけ、ヒトとチンパンジーの類似性と違いついて明らかにすることは、ヒト進化を理解する上で大きな意味を持つ 「ヒトは生物学的にみて、第三のチンパンジーである。しかしヒトは特別なチンパンジーである」
遺伝的に、ヒトはチンパンジーとわずか1.23%しか違わない
系統学的にはチンパンジー・ヒト系統にともに属するにもかかわらず、何が我々を特別なチンパンジーたらしめているのか
進化心理学を研究・教育する経験から得た教訓
30年前に、長谷川眞理子と私は、タンザニアのマハレに住むチンパンジーのフィールド研究に3年間参加した それ以前に研究していたニホンザルと比べて、チンパンジーはずっと複雑な行動を見せ、何よりも彼らはとても人間臭かった 現生霊長類の中で肉食の習慣を持つのはヒトとチンパンジーだけ この2種だけが集団で狩りをし、獲物を分け合う
この2種のオスだけが戦闘集団を作る
時には縄張りをめぐる争いから互いに殺し合うことさえある(これらはボノボでも見られる) チンパンジーのオスはときに政治を行うが、これはまさにわれわれ自身も行うこと
これらの特徴をもたらした淘汰圧が何であったのか、多くの仮説が提唱されているが、私は森林生活への適応ではなかったかと考えている
森林地には多くの捕食者がいる
くわえて森に分け入るほどに、果実などの食料資源はどんどん少なくなっていく
それゆえ、対捕食者戦略と縄張り防衛戦略のいずれか、または両方のためにオス同士による集団が進化したのではないか
同様に、栄養供給の新たな手段として肉食が進化したのではないか
ヒトをチンパンジー(または他の類人猿)から区別する生態学的な特徴は何か 第一に、ヒトの女性の結びつきの強さを挙げることができる
チンパンジーも一見すると群れで生活しているように見えるが、実際には、彼らの社会は集合離散の繰り返し
特にメスは、果実が豊富にあるのでもない限り、多くの時間を(子供と一緒のときは別として)単独で生活する
メスチンパンジーが互いに絆を作ることはまれであると言える
対照的に、狩猟採集社会に暮らすヒトの女性は、果実やナッツ、根茎の採集にグループででかけ、集めた食料を一緒に下ごしらえし、調理し、そしてともに食べる
類人猿が(主として果実を)個食するのに対して、ヒトだけが食料を集めて公共財にし、集団のメンバーで消費または共有する
第二の特徴は、子供を共同で養育すること
ホモ属が完全な二足歩行を獲得したことで、出産が困難になり、その結果、ヒトの赤ちゃんは未熟なうちに生まれることになった 母親は子育てにより多くの労力を注ぎ込まなければならなくなり、仲間の誰かからの手助けがほとんど不可欠なものとなった
父親と母親の結びつきがより強くなり、やがて父親も育児をするようになった
閉経後の高齢女性(祖母)までもが娘の手助けをするようになり、他の拡大家族も同様だった
ヒトは生態学で言うところの協同繁殖を行う唯一の類人猿になった 他の類人猿はすべて単独で子育てをし、そして典型的には出産間隔が非常に長いものとなっている
それに対して、協同繁殖をするヒトでは、伝統社会での出産間隔は2~3年で、農耕社会ならば毎年出産することも可能
仲間の心の状態を理解し、仲間の苦痛に共感/同情を感じ、若者を支え教育し、仲間の行動を模倣するといった行動はすべて、ヒトの社会的な脳の特徴
これらの能力は間違いなく、ヒトの集団生活スタイルをより高いレベルに引き上げる力となっただろう
進化心理学の未来について
進化生物学が大学の教養過程と社会科学を席巻し始めたのと同時期に、神経科学と分子生物学はわれわれヒトとその本性についての広大で深い理解をもたらしつつあった いずれ進化心理学は認知神経科学と融合を果たすだろうと考えている ヒトの行動と認知の生物学的基盤がより明らかになり、つまりはヒトという存在について、分子、遺伝子、神経、行動、認知、そして進化適応のすべてのレベルに置いて理解できるようになるだろう
心理学を学ぶ学生へのアドバイス
日本は自然生息地における霊長類研究の長い歴史を持っている
それゆえヒトの生物学的基盤に進化からアプローチすることは、社会から容易に受け入れられてきた
日本人間行動進化学会には2011年現在、100名ほどの空き員がいる
アジアの一員として中国や他のアジアの国々の仲間と意見交換が進むことを希望する